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「加速する変動」キューバのドキュメンタリー映画との邂逅


1989年にはじまった山形国際ドキュメンタリー映画祭は隔年で開催される。

今年は開催年ではない代わりに「ドキュメンタリー・ドリーム・ショー 山形 in 東京2016」新宿K’s cinema城西国際大学で9月17日(土)から10月7日(金)まで開催している。

学生時代に専攻していたのが異文化研究である文化人類学だったこともあって、テレビのドキュメンタリー番組やドキュメンタリー映画にもともと興味を示し、在学中の1990年代から「ラテンアメリカ映画祭」と銘打った映画祭を見つけては足繁く通っていた。ラテンアメリカの近現代史や「現在(いま)」を注意深く掘り下げることによって「先進国」と呼ばれる国々の傲慢さや世界的な搾取、不平等、矛盾などが明確に映し出されるようになるはずだという直感があった。

昨年の山形国際ドキュメンタリー映画際にも足を運んだがすべての作品を観ることなど不可能に等しい。(ちなみに私が昨年、山形で見た中でのベストは最優秀賞を受賞したチリ映画の「真珠のボタン」。)

だから、こうして山形で出会えなかったドキュメンタリー作品を開催年の翌年に東京で出会うことができるのは貴重な機会だと思って胸が高鳴った。

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そして本日、出会うことができたのが「加速する変動」(Accelerated Development – In the Idiom of Santiago Alvarez  )だった。山形国際ドキュメンタリー映画祭では1999年のインターナショナル・コンペティション作品として上映。2011年の山形、2012年の山形 in 東京でも上映。1969年北米コロラド州デンバー生まれのトラヴィス・ウィルカーソン監督がキューバを代表するドキュメンタリー映画作家サンチャゴ・アルヴァレス(1919年〜1998年)の生涯を通 して、キューバだけでなく、ベトナム戦争やアメリカの黒人差別問題など激動の20世紀を描いている素材を使って激動の20世紀を映し出している。音楽の躍動感、リズムと共に常に政治的で時に教示的な 映像が繰り返し観客の心にこれでもかと突き刺してくる。

キューバ映画はドキュメンタリー映画といえども音楽の魔力を存分に活用しているものが多い。この作品もまさに音楽、リズムをフルに活用している。音楽がなかったらこの映画のインパクトは半減していたことだろう。この明るくリズムカルでありながらどこか物憂げで悲しくも感じられる音楽がこの映画に力を与えている。この作品は映画学校などでも教材として使われることが多いようですが末長く、世界中で観られることとなると確信します。映画作品との出会いは、まさに一期一会。生涯忘れないような作品に出会えたことに感謝の念を噛み締めています。


2016.9.25.

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「月明かりとメキシコインディアン」動画をアップ

ゴールデンウィークに自分が学生時代に専攻した文化人類学へのオマージュとして作詞・作曲した「月明かりとメキシコインディアン」をYouTubeにアップロードしました。

「月明かりとメキシコ インディアン」

文明にも塗りつぶされない 死を前にした恐怖が アスファルトの下に染み込む

狼の瞳の中に浮かぶ メキシコ インディアンは 砂ぼこりの中に消えてしまう

神話の記憶が甦える あたたかな大地よ 失われた祈りが空を舞う

点滅するイルミネーション 道に迷い 途方にくれると 月明かりが闇を照らした

独裁者はペテンがうまくて いかさまを働き コントロールが効かなくなる

神話の記憶が甦える あたたかな大地よ 失われた祈りが空を舞う

2016.5.15.

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「月明かりとメキシコ インディアン」

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今年のゴールデンウィークはインプットとしては本や映画からたくさんのものを吸収すること、そしてアウトプットとしては自分なりに大学時代に専攻した文化人類学へのオマージュを総括するような詞を書き、曲をつけると決めていた。

学生時代に夢中で読んだカルロス・カスタネダやミルチャ・エリアーデ、ラテンアメリカの歴史や文学、チベット密教に関する書物を読み返した。

以下が出来上がった歌詞です。

「月明かりとメキシコ インディアン」

文明にも塗りつぶされない 死を前にした恐怖が

アスファルトの下に染み込む

狼の瞳の中に浮かぶ メキシコ インディアンは

砂ぼこりの中に消えてしまう

神話の記憶が甦える

あたたかな大地よ

失われた祈りが空を舞う

点滅するイルミネーション

道に迷い 途方にくれると

月明かりが闇を照らした

独裁者はペテンがうまくて

いかさまを働き

コントロールが効かなくなる

神話の記憶が甦える

あたたかな大地よ

失われた祈りが空を舞う

2016.5.8.

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志村一隆と独立メディア塾

志村一隆と独立メディア塾

2016-03-21 21.04.31

昨日、我がメディア論の師匠である志村一隆が呼びかけ人となって私の独立メディア塾オープントーク部門優秀賞受賞記念パーティが開催された。

受賞した原稿は以下でした。

現代によみがえらるボリス・ヴィアンのシャンソン「脱走兵」
http://previous.mediajuku.com/?p=3252

独立メディアへの寄稿を推薦してくれたのも志村一隆氏だった。

そもそも志村一隆氏との出会いは私が方々で「電子書籍」をテーマで講演をするようになった際に「放送・通信から見た電子書籍」というテーマの講演依頼が来て、志村氏の著作を読みこんだのがきっかけでした。最初に「明日のメディア」(ディスカヴァー携書)。続けて「明日のテレビ」(朝日新書)、「ネットテレビの衝撃」(東洋経済新報社)を読んだ。今では誰もが知っているHulu、ネットフリックス、アドテクノロジー、ビッグデータなどについてもいち早く取り上げて解説された志村氏の著作を読んでいたおかげで自分の講演オファーも増えていった。私も講師として参加したPAGEという日本印刷技術協会のイベントで志村一隆氏に初めてお会いした。
「私はあなたの本を全部読んでいるのでフェイスブックで友達になってください。」と名刺を差し出した。
広島で開催された総務省中国総合通信局 、中国経済連合会、中国情報通信懇談会による「放送と通信の連携などに関わる講演会」では第1回目の講師が志村一隆氏で第2回は私が講師となったこともあった。

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もう4年あまりのおつきあいになる。実は志村氏と私は同じ1968年生まれ。申年会という1968年、1980年生まれが集うイベントでもご一緒している。

そして志村一隆は「独立メディア塾」をはじめとして、今もメディアの最新事情を発信し続けている。

独立メディア塾は関口宏さん、君和田正夫さん(テレビ朝日 元 社長)が代表をしているウェブメディアです。若いジャーナリストの発掘、育成を目的として発足されました。

既存マスメディアへの規制や圧力が露呈されている昨今、独立メディア塾のようなメディアの役割や意義はますます大きなものとなっています。

一期一会、ご縁に感謝する気持ちを忘れず、これからも感じたことを大切に表現していかねばならないと決意しております。

2016.3.21.

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「群れなす雛たちへ送るエール」(群雛文庫)のススメ

「群れなす雛たちへ送るエール」(仲俣暁生・池田敬二  群雛文庫)が2月15日に発売になった。

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電書情報サイト「きんどう」では以下のように紹介いただいた。

「仲俣暁生・池田敬二ら電子書籍界の識者がインディーズ作家への熱い応援メッセージをまとめた「群れなす雛たちへ送るエール」など群雛文庫作品がリリース」

「きんどるどうでしょう」2016年2月19日
http://kindou.info/63189.html

NPO法人 日本独立作家同盟が発行するインディーズ作家を応援する「月刊群雛」にゲストコラムとして掲載された仲俣暁生さんと私の文章が収められたものだ。

鷹野凌編集長から「月刊群雛」2014年8月号へのゲストコラムのオファーがあった際には、創刊号からこれまで書かれたゲストコラムを再読した。このラインナップに連なるのかと思うと緊張感と責任感で押しつぶされそうになったが特に「そんなにハードル上げちゃわないでよ」と涙目になったほど高みに登る高尚な文章に感じたのは創刊号に掲載された仲俣暁生さんの「『群雛(GunSu)』の創刊に寄せて」だった。そんな仲俣さんの文章とカップリングにしていただいて心底光栄に感じています。

決死の想いで書き上げたのがこの「『月刊群雛』への応援歌」。セルフパブリッシングというものにとてつもない可能性を感じているし、これまでの出版の世界におけるデビューの仕方や映画製作におけるシステムについて一石を投じる為に不遇の作家である佐藤泰志の生涯と彼の原作の映画が次々に注目を浴びている現象について光を当てた。そしてセルフパブリッシングの果たせるであろう役割や月刊群雛、日本独立作家同盟へのエールを力いっぱい書き殴った。
タイトルの通り「月刊群雛」創刊号に掲載された鷹野凌編集長が書いた詩「月刊群雛/創刊の辞」に曲をつけて歌う活動を続けている。

「月刊 群雛/創刊の辞」作詞:鷹野凌 作曲:池田敬二

(詩の冒頭を引用)

我々は雛だ。

まだくちばしの黄色い雛だ。

ひとりではろくに餌を採ることもできない。

だから、群れをつくることにした。

ひとりではできないことも

みんなの力を合わせればできる気がする。

この曲を歌い続けていくのと同時に新しく生まれてくる「本」、「書き手」にワクワクするために日本独立作家同盟の活動をこれからも応援していこうと思います。

2016.2.16.

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独立メディア塾がもたらすムーブメント

これまで独立メディア塾というサイトには二度寄稿する機会に恵まれました。

作家 佐藤泰志の光と影が示すもの
http://previous.mediajuku.com/?p=2344

現代によみがえるボリス・ヴィアンのシャンソン「脱走兵」
http://previous.mediajuku.com/?p=3252

本日、2016年1月21日に独立メディア塾のパーティーが開催された。
執筆したもの同士がリアルに語り合える貴重な場である。

思いがけず、オープントークに執筆したボリス・ヴィアンの原稿でオープントーク部門の優秀賞を受賞するという幸運に恵まれた。

既得権益の仲良しこよしのネットワーク以外は「敵」とみなすのではなく、あくまでも市民の評価を主軸にし、作品の評価システム、映画化になった際の資金調達の方法なども絶望的に思えたものが「クラウドファンディング」なども浸透してきた。

どんな作品でも猛烈に情熱があり、その情熱を集積することができれば大きなムーブメントを生み出す可能性もある。

型破りな作品が発表され、日本中の「読み手」たちにこの上ない、スリリングな体験を提供できれば継続的な注目を獲得することも可能なはずだ。

そうしたムーブメントの先に見えてくる人間の創造的な活動に想いをはせる。

2016.1.22.

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【初日】山形国際ドキュメンタリー映画祭

【初日】山形国際ドキュメンタリー映画祭

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隔年で開催される山形国際ドキュメンタリー映画祭。世界を感じるために山形に足を運ぶ。 2年前にはじめてこの映画祭に参加し原稿を執筆したことがありました。

クロスメディア考現学(9)山形国際ドキュメンタリー映画祭で感じたこと

本年の初日である2015年10月9日に観た映画があまりにも素晴らしく、山形まで足を運んだ元が十分にとれたと確信しました。

今日観た作品は以下の4本です。

わたしはここにいる
ペルーの三つの地域の音楽ドキュメンタリー。喜びも悲しみもすべて歌にする。どんな感情も歌にする姿勢に大いなる刺激を受ける。楽器そのものや音楽の旋律なども興味深い。人種が混じり合うペルーの庶民にフォーカスを当てていて、通過儀礼や文化人類学的な視点からも多くの収穫がある作品。「叫び」(”El Grito”)(メキシコ) 1968年のメキシコオリンピックの直前に起きた悲劇をイタリア人の女性ジャーナリストが文字通り命がけで制作したドキュメンタリー。「トラテロルコの夜 メキシコの1968年」(藤原書店)を読了していたので自由と民主化を求める学生たちへの発砲、暴力により250人以上の死者を出した悲劇「トラテロルコ 事件」を映像で目撃できたのは大きな収穫。   「6月の取引」(ブラジル) サッカーW杯の開催を間近に控えたサンパウロの経済、市民によるデモやストライキの様子を個人にフォーカスを当てて丹念にレポート。労働者の健全なデモ隊に向けて催涙弾を容赦なく打ち込む映像には怒りが沸き起こった。   「銀の水 ― シリア・セルフポートレート」(フランス・シリア) 冒頭から拷問される少年の映像や殺戮の現場といったショッキングなシリアの凄惨な映像が続けざまにスクリーンに投射される。フランスに亡命したシリア人とシリアのホムス在住のクルド人女性監督とのSNSのやりとりから生み出された作品。映像の過激さだけでなく、ドキュメンタリーの表現手法としても引き込ませる手腕が備わっている。それだけ伝えたいという命がけの想いが伝わってくる。

2015.10.10.

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こんな日だからボリス・ヴィアンの「脱走兵」を歌う

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はじめてパリに行った。25年前にアテネ・フランセに通っていた。フランス現代思想や文化人類学への憧れもあったが、フランス語を学びたいという気持ちにさせたのは、ボリス・ヴィアンの存在だった。

ボリス・ヴィアンが自分が原作を書いた映画「墓に唾をかけろ」の試写の最中に「死ぬほどつまらない」といって本当に心臓発作で死んでしまったのは1959年。

最近では日本映画「クロエ」、フランス映画「ムード・インディゴうたかたの日々」の原作者として名前が挙がることが多いが小説家としてだけでなく、詩人、劇作家、技師、SF画家、トランペット奏者、そしてシャンソン歌手、シンガーソングライターとしても名曲を数々残している。

ボリス・ヴィアンのシャンソンの中でも最も著名で今でも数多くの歌い手に歌われているのが「脱走兵 (Le Déserter )」だ。

YouTubeには日本語訳で沢田研二が歌っている動画もある。
フランスといえば自由の国の象徴のようなイメージがあるが、この「脱走兵」が発表された頃のフランスはインドシナ、アルジェリアといった植民地を抱えていたいわば戦時体制に近い状況だった。たちまち「脱走兵」は放送禁止となってしまう。

こんな詩である
大統領閣下 お手紙を差し上げます
お時間のある時に読んでください
たった今、水曜日の夜、召集令状を受け取りました

大統領閣下 私は戦争をしたくありません
罪のない哀れな人々を殺すために私は生まれてきたのではありません

あなたを怒らせたいわけではありませんが
でも言わねばなりません 私の決心は固いです
私は脱走します

もし血を流さなければならないのなら
ご自分の血を流しなさい
あなたはとんでもない偽善者だ 大統領閣下

私を探しているなら憲兵に伝えてください
私は武器をもっていないことを
そして引き金をひいて撃ち殺しても構わないと

強行採決があったこんな日だから、今宵は「脱走兵」を歌った。

2015.7.16.

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「恋する文化人類学者」(鈴木裕之 著 世界思想社)

劇団 東京乾電池の芝居を観るために久しぶりに青春時代を過ごした下北沢を訪れた。時間に余裕があったのでお気に入りの本屋B&Bで一冊の本をタイトル買いした。

「恋する文化人類学者」(鈴木裕之 著  世界思想社)。

著者はアフリカ音楽研究を専門にする文化人類学者。 帯にはこのように書かれていた。

これは恋の物語であり、異文化交流の物語である。
アフリカで著者は彼の地の女性アイドル歌手と恋に落ちた。
結婚式は、8日間にわたる壮麗なものだった。
ラヴ・ロマンス風 文化人類学入門

私は大学時代に文化人類学を専攻した。この学問に魅了された。著者である鈴木氏は、大学時代には専攻していなかったとある。学生時代の貧乏放浪旅行を経て、まともに就職はしたくない、もっと世界中をブラブラしてみたい、と文化人類学の大学院を受験したというのだ。 イントロダクションで書かれてこのメッセージは私が文化人類学に描いた理想そのものだ。

私がこの本を書く動機は、人類の多様性を尊重したいからである。
私はさまざまに異なる人々がいっしょに生きることをすばらしいと思う。
本書を読んだことをきっかけに、多様性を受け入れ、「違い」を楽しんでくれる人が増えてくれればと思う。

また妻となるニャマが属していたグリオについての記述が興味深かった。グリオは主に西アフリカのサバンナ地域に居住する民族に多くみられる。三つに身分制度が分かれており、グリオは真ん中にある職人の中にカテゴライズされる。

「ホロン」自由民(王族、貴族、農民、商人など)
「ニャマカラ」職人(鍛冶、皮加工、ジュリ《語り、歌、楽器》→グリオ)
「ジョン」奴隷

興味深かったのはグリオは歴史の語り部として歌ったり、踊ったりする職人であるばかりでなく、言葉を扱う職人として、喧嘩や離婚騒ぎなどが起きた際には仲介し、言葉の交通整理をし、故事やことわざを用いながら当事者の怒りを静めていく役割を持っていること。  自らの結婚にいたる過程や8日間にもおよぶ結婚式の様子を通過儀礼(分離・過渡・統合)で解説しているところなどは、まさに文化人類学入門書にふさわしい。「親族の基本構造」「西太平洋の遠洋航海者」「贈与論」といった文化人類学の古典の紹介もこうした具体的なケーススタディに付随させると実に理解しやすい。 世界中、そして日本国内でも民族問題やいがみ合いが絶えない。真の意味で人類の多様性を認め合えるような社会を実現させるために人類の英知を無駄にしてはいけないと思う。文化人類学とい学問が目指した理念やグリオのような言葉の職人による紛争を解決する力をどのように養い、発揮するようにすべきかを考えさせてくれた一冊だった。

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2015.5.5

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「SHOAH ショア」と「クリスタル・ナハト」

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クロード・ランズマン監督の「SHOAH ショア」を渋谷のイメージ・フォーラムで観た。ナチスによるユダヤ人の強制収容、ホロコースト(大量虐殺)の全貌を当時の関係者の証言のみで構成されたドキュメンタリー映画だ。ナレーションやBGMも無く、当時の写真や記録映像などの挿入も皆無である。証言を引き出すインタビューと撮影当時の「現場」の様子が淡々と映し続けられていく。英語、フランス語、ドイツ語などの音声が飛び交い、字幕を追いながらイメージが膨らんでいく。その時間なんと9時間27分。タイトルの「SHOAH ショア」とは、ヘブライ語で絶滅、冒涜、破局の意味。

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頭脳警察のPANTAがソロになって「クリスタル・ナハト」というアルバムを1987年に出した。「クリスタル・ナハト(水晶の夜)」とは、1938年11月8日、ナチスによるシナゴーグ(ユダヤ教会堂)・ユダヤ人商店街破壊事件が起きた夜のこと。学生時代に聴いて衝撃を受け、いくつかの曲はカバーもした。「シナゴーグ」「ホロコースト」「ディアスポラ」という言葉もこのアルバムで覚えたと記憶している。

書籍「歴史からとびだせ」(JICC出版局 1989)の中でPANTAがこのように言っている。

「クリスタル・ハナト」というタイトルで、この内容なら日本でも出せる。ヨーロッパの話だからね。ところが、日本にとってのクリスタル・ナハトみたいなものを取り上げるとダメなんだよ。つまり南京、重慶、あるいは朝鮮人大虐殺、その辺の問題を、今レコードに出して市場に出すことはできないんだ。だから「クリスタル・ナハト」から、同時代のアジアへとスライドさせたい、引き寄せたいという気持ちもあったんだ。

「SHOAH ショア」もヨーロッパの話、遠い過去の話としてではなく、まさに現代の自分自身の身の回りに起こっていることとして受け止めるべきなんだと感じました。

2015.4.19.