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志村一隆と独立メディア塾

志村一隆と独立メディア塾

2016-03-21 21.04.31

昨日、我がメディア論の師匠である志村一隆が呼びかけ人となって私の独立メディア塾オープントーク部門優秀賞受賞記念パーティが開催された。

受賞した原稿は以下でした。

現代によみがえらるボリス・ヴィアンのシャンソン「脱走兵」
http://previous.mediajuku.com/?p=3252

独立メディアへの寄稿を推薦してくれたのも志村一隆氏だった。

そもそも志村一隆氏との出会いは私が方々で「電子書籍」をテーマで講演をするようになった際に「放送・通信から見た電子書籍」というテーマの講演依頼が来て、志村氏の著作を読みこんだのがきっかけでした。最初に「明日のメディア」(ディスカヴァー携書)。続けて「明日のテレビ」(朝日新書)、「ネットテレビの衝撃」(東洋経済新報社)を読んだ。今では誰もが知っているHulu、ネットフリックス、アドテクノロジー、ビッグデータなどについてもいち早く取り上げて解説された志村氏の著作を読んでいたおかげで自分の講演オファーも増えていった。私も講師として参加したPAGEという日本印刷技術協会のイベントで志村一隆氏に初めてお会いした。
「私はあなたの本を全部読んでいるのでフェイスブックで友達になってください。」と名刺を差し出した。
広島で開催された総務省中国総合通信局 、中国経済連合会、中国情報通信懇談会による「放送と通信の連携などに関わる講演会」では第1回目の講師が志村一隆氏で第2回は私が講師となったこともあった。

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もう4年あまりのおつきあいになる。実は志村氏と私は同じ1968年生まれ。申年会という1968年、1980年生まれが集うイベントでもご一緒している。

そして志村一隆は「独立メディア塾」をはじめとして、今もメディアの最新事情を発信し続けている。

独立メディア塾は関口宏さん、君和田正夫さん(テレビ朝日 元 社長)が代表をしているウェブメディアです。若いジャーナリストの発掘、育成を目的として発足されました。

既存マスメディアへの規制や圧力が露呈されている昨今、独立メディア塾のようなメディアの役割や意義はますます大きなものとなっています。

一期一会、ご縁に感謝する気持ちを忘れず、これからも感じたことを大切に表現していかねばならないと決意しております。

2016.3.21.

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「群れなす雛たちへ送るエール」(群雛文庫)のススメ

「群れなす雛たちへ送るエール」(仲俣暁生・池田敬二  群雛文庫)が2月15日に発売になった。

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電書情報サイト「きんどう」では以下のように紹介いただいた。

「仲俣暁生・池田敬二ら電子書籍界の識者がインディーズ作家への熱い応援メッセージをまとめた「群れなす雛たちへ送るエール」など群雛文庫作品がリリース」

「きんどるどうでしょう」2016年2月19日
http://kindou.info/63189.html

NPO法人 日本独立作家同盟が発行するインディーズ作家を応援する「月刊群雛」にゲストコラムとして掲載された仲俣暁生さんと私の文章が収められたものだ。

鷹野凌編集長から「月刊群雛」2014年8月号へのゲストコラムのオファーがあった際には、創刊号からこれまで書かれたゲストコラムを再読した。このラインナップに連なるのかと思うと緊張感と責任感で押しつぶされそうになったが特に「そんなにハードル上げちゃわないでよ」と涙目になったほど高みに登る高尚な文章に感じたのは創刊号に掲載された仲俣暁生さんの「『群雛(GunSu)』の創刊に寄せて」だった。そんな仲俣さんの文章とカップリングにしていただいて心底光栄に感じています。

決死の想いで書き上げたのがこの「『月刊群雛』への応援歌」。セルフパブリッシングというものにとてつもない可能性を感じているし、これまでの出版の世界におけるデビューの仕方や映画製作におけるシステムについて一石を投じる為に不遇の作家である佐藤泰志の生涯と彼の原作の映画が次々に注目を浴びている現象について光を当てた。そしてセルフパブリッシングの果たせるであろう役割や月刊群雛、日本独立作家同盟へのエールを力いっぱい書き殴った。
タイトルの通り「月刊群雛」創刊号に掲載された鷹野凌編集長が書いた詩「月刊群雛/創刊の辞」に曲をつけて歌う活動を続けている。

「月刊 群雛/創刊の辞」作詞:鷹野凌 作曲:池田敬二

(詩の冒頭を引用)

我々は雛だ。

まだくちばしの黄色い雛だ。

ひとりではろくに餌を採ることもできない。

だから、群れをつくることにした。

ひとりではできないことも

みんなの力を合わせればできる気がする。

この曲を歌い続けていくのと同時に新しく生まれてくる「本」、「書き手」にワクワクするために日本独立作家同盟の活動をこれからも応援していこうと思います。

2016.2.16.

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独立メディア塾がもたらすムーブメント

これまで独立メディア塾というサイトには二度寄稿する機会に恵まれました。

作家 佐藤泰志の光と影が示すもの
http://previous.mediajuku.com/?p=2344

現代によみがえるボリス・ヴィアンのシャンソン「脱走兵」
http://previous.mediajuku.com/?p=3252

本日、2016年1月21日に独立メディア塾のパーティーが開催された。
執筆したもの同士がリアルに語り合える貴重な場である。

思いがけず、オープントークに執筆したボリス・ヴィアンの原稿でオープントーク部門の優秀賞を受賞するという幸運に恵まれた。

既得権益の仲良しこよしのネットワーク以外は「敵」とみなすのではなく、あくまでも市民の評価を主軸にし、作品の評価システム、映画化になった際の資金調達の方法なども絶望的に思えたものが「クラウドファンディング」なども浸透してきた。

どんな作品でも猛烈に情熱があり、その情熱を集積することができれば大きなムーブメントを生み出す可能性もある。

型破りな作品が発表され、日本中の「読み手」たちにこの上ない、スリリングな体験を提供できれば継続的な注目を獲得することも可能なはずだ。

そうしたムーブメントの先に見えてくる人間の創造的な活動に想いをはせる。

2016.1.22.

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【初日】山形国際ドキュメンタリー映画祭

【初日】山形国際ドキュメンタリー映画祭

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隔年で開催される山形国際ドキュメンタリー映画祭。世界を感じるために山形に足を運ぶ。 2年前にはじめてこの映画祭に参加し原稿を執筆したことがありました。

クロスメディア考現学(9)山形国際ドキュメンタリー映画祭で感じたこと

本年の初日である2015年10月9日に観た映画があまりにも素晴らしく、山形まで足を運んだ元が十分にとれたと確信しました。

今日観た作品は以下の4本です。

わたしはここにいる
ペルーの三つの地域の音楽ドキュメンタリー。喜びも悲しみもすべて歌にする。どんな感情も歌にする姿勢に大いなる刺激を受ける。楽器そのものや音楽の旋律なども興味深い。人種が混じり合うペルーの庶民にフォーカスを当てていて、通過儀礼や文化人類学的な視点からも多くの収穫がある作品。「叫び」(”El Grito”)(メキシコ) 1968年のメキシコオリンピックの直前に起きた悲劇をイタリア人の女性ジャーナリストが文字通り命がけで制作したドキュメンタリー。「トラテロルコの夜 メキシコの1968年」(藤原書店)を読了していたので自由と民主化を求める学生たちへの発砲、暴力により250人以上の死者を出した悲劇「トラテロルコ 事件」を映像で目撃できたのは大きな収穫。   「6月の取引」(ブラジル) サッカーW杯の開催を間近に控えたサンパウロの経済、市民によるデモやストライキの様子を個人にフォーカスを当てて丹念にレポート。労働者の健全なデモ隊に向けて催涙弾を容赦なく打ち込む映像には怒りが沸き起こった。   「銀の水 ― シリア・セルフポートレート」(フランス・シリア) 冒頭から拷問される少年の映像や殺戮の現場といったショッキングなシリアの凄惨な映像が続けざまにスクリーンに投射される。フランスに亡命したシリア人とシリアのホムス在住のクルド人女性監督とのSNSのやりとりから生み出された作品。映像の過激さだけでなく、ドキュメンタリーの表現手法としても引き込ませる手腕が備わっている。それだけ伝えたいという命がけの想いが伝わってくる。

2015.10.10.

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こんな日だからボリス・ヴィアンの「脱走兵」を歌う

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はじめてパリに行った。25年前にアテネ・フランセに通っていた。フランス現代思想や文化人類学への憧れもあったが、フランス語を学びたいという気持ちにさせたのは、ボリス・ヴィアンの存在だった。

ボリス・ヴィアンが自分が原作を書いた映画「墓に唾をかけろ」の試写の最中に「死ぬほどつまらない」といって本当に心臓発作で死んでしまったのは1959年。

最近では日本映画「クロエ」、フランス映画「ムード・インディゴうたかたの日々」の原作者として名前が挙がることが多いが小説家としてだけでなく、詩人、劇作家、技師、SF画家、トランペット奏者、そしてシャンソン歌手、シンガーソングライターとしても名曲を数々残している。

ボリス・ヴィアンのシャンソンの中でも最も著名で今でも数多くの歌い手に歌われているのが「脱走兵 (Le Déserter )」だ。

YouTubeには日本語訳で沢田研二が歌っている動画もある。
フランスといえば自由の国の象徴のようなイメージがあるが、この「脱走兵」が発表された頃のフランスはインドシナ、アルジェリアといった植民地を抱えていたいわば戦時体制に近い状況だった。たちまち「脱走兵」は放送禁止となってしまう。

こんな詩である
大統領閣下 お手紙を差し上げます
お時間のある時に読んでください
たった今、水曜日の夜、召集令状を受け取りました

大統領閣下 私は戦争をしたくありません
罪のない哀れな人々を殺すために私は生まれてきたのではありません

あなたを怒らせたいわけではありませんが
でも言わねばなりません 私の決心は固いです
私は脱走します

もし血を流さなければならないのなら
ご自分の血を流しなさい
あなたはとんでもない偽善者だ 大統領閣下

私を探しているなら憲兵に伝えてください
私は武器をもっていないことを
そして引き金をひいて撃ち殺しても構わないと

強行採決があったこんな日だから、今宵は「脱走兵」を歌った。

2015.7.16.

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「恋する文化人類学者」(鈴木裕之 著 世界思想社)

劇団 東京乾電池の芝居を観るために久しぶりに青春時代を過ごした下北沢を訪れた。時間に余裕があったのでお気に入りの本屋B&Bで一冊の本をタイトル買いした。

「恋する文化人類学者」(鈴木裕之 著  世界思想社)。

著者はアフリカ音楽研究を専門にする文化人類学者。 帯にはこのように書かれていた。

これは恋の物語であり、異文化交流の物語である。
アフリカで著者は彼の地の女性アイドル歌手と恋に落ちた。
結婚式は、8日間にわたる壮麗なものだった。
ラヴ・ロマンス風 文化人類学入門

私は大学時代に文化人類学を専攻した。この学問に魅了された。著者である鈴木氏は、大学時代には専攻していなかったとある。学生時代の貧乏放浪旅行を経て、まともに就職はしたくない、もっと世界中をブラブラしてみたい、と文化人類学の大学院を受験したというのだ。 イントロダクションで書かれてこのメッセージは私が文化人類学に描いた理想そのものだ。

私がこの本を書く動機は、人類の多様性を尊重したいからである。
私はさまざまに異なる人々がいっしょに生きることをすばらしいと思う。
本書を読んだことをきっかけに、多様性を受け入れ、「違い」を楽しんでくれる人が増えてくれればと思う。

また妻となるニャマが属していたグリオについての記述が興味深かった。グリオは主に西アフリカのサバンナ地域に居住する民族に多くみられる。三つに身分制度が分かれており、グリオは真ん中にある職人の中にカテゴライズされる。

「ホロン」自由民(王族、貴族、農民、商人など)
「ニャマカラ」職人(鍛冶、皮加工、ジュリ《語り、歌、楽器》→グリオ)
「ジョン」奴隷

興味深かったのはグリオは歴史の語り部として歌ったり、踊ったりする職人であるばかりでなく、言葉を扱う職人として、喧嘩や離婚騒ぎなどが起きた際には仲介し、言葉の交通整理をし、故事やことわざを用いながら当事者の怒りを静めていく役割を持っていること。  自らの結婚にいたる過程や8日間にもおよぶ結婚式の様子を通過儀礼(分離・過渡・統合)で解説しているところなどは、まさに文化人類学入門書にふさわしい。「親族の基本構造」「西太平洋の遠洋航海者」「贈与論」といった文化人類学の古典の紹介もこうした具体的なケーススタディに付随させると実に理解しやすい。 世界中、そして日本国内でも民族問題やいがみ合いが絶えない。真の意味で人類の多様性を認め合えるような社会を実現させるために人類の英知を無駄にしてはいけないと思う。文化人類学とい学問が目指した理念やグリオのような言葉の職人による紛争を解決する力をどのように養い、発揮するようにすべきかを考えさせてくれた一冊だった。

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2015.5.5

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「SHOAH ショア」と「クリスタル・ナハト」

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クロード・ランズマン監督の「SHOAH ショア」を渋谷のイメージ・フォーラムで観た。ナチスによるユダヤ人の強制収容、ホロコースト(大量虐殺)の全貌を当時の関係者の証言のみで構成されたドキュメンタリー映画だ。ナレーションやBGMも無く、当時の写真や記録映像などの挿入も皆無である。証言を引き出すインタビューと撮影当時の「現場」の様子が淡々と映し続けられていく。英語、フランス語、ドイツ語などの音声が飛び交い、字幕を追いながらイメージが膨らんでいく。その時間なんと9時間27分。タイトルの「SHOAH ショア」とは、ヘブライ語で絶滅、冒涜、破局の意味。

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頭脳警察のPANTAがソロになって「クリスタル・ナハト」というアルバムを1987年に出した。「クリスタル・ナハト(水晶の夜)」とは、1938年11月8日、ナチスによるシナゴーグ(ユダヤ教会堂)・ユダヤ人商店街破壊事件が起きた夜のこと。学生時代に聴いて衝撃を受け、いくつかの曲はカバーもした。「シナゴーグ」「ホロコースト」「ディアスポラ」という言葉もこのアルバムで覚えたと記憶している。

書籍「歴史からとびだせ」(JICC出版局 1989)の中でPANTAがこのように言っている。

「クリスタル・ハナト」というタイトルで、この内容なら日本でも出せる。ヨーロッパの話だからね。ところが、日本にとってのクリスタル・ナハトみたいなものを取り上げるとダメなんだよ。つまり南京、重慶、あるいは朝鮮人大虐殺、その辺の問題を、今レコードに出して市場に出すことはできないんだ。だから「クリスタル・ナハト」から、同時代のアジアへとスライドさせたい、引き寄せたいという気持ちもあったんだ。

「SHOAH ショア」もヨーロッパの話、遠い過去の話としてではなく、まさに現代の自分自身の身の回りに起こっていることとして受け止めるべきなんだと感じました。

2015.4.19.

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ドキュメンタリー映画への期待 〜原一男塾長 new CINEMA塾 終了〜

3月28日(土)の最終回で昨年の4月からはじまった原一男塾長のnew CINEMA塾は終了した。皆勤賞ではなかったが都合がつくかぎり水道橋のアテネ・フランセに足を運んだ。これまで出会うことのなかった貴重なドキュメンタリー映画に出会うことがきたのは幸運な経験であった。年間を通してのテーマは「極私(セルフ)の系譜〜映像の中の欲望(わたくし)たち〜。

特に印象的だった作品を上げるとすると以下になる。

「ファザーレス」(茂野良弥 監督  村石雅也 主演)

「アヒルの子」小野さやか監督)

あんにょんキムチ」(松江哲明監督)

「家族ケチャップ」(工藤義洋 監督  牧野吉高 主演)

もともとこの講座に関心をもったのは2014年6月28日に開催された第三回「父との会話」というテーマでヤン・ヨンヒ監督の「ディア・ピョンヤン」が「エンディングノート」(砂田麻美監督)と共に取り上げられると知った段階で年間受講の手続きを済ませた。

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私自身、実は大学卒業時に志望していた就職先はドキュメンタリー番組を作るためにNHKに入局することだった。社会人になってから今現在発病しているチェ・ゲバラ熱の萌芽が学生時代にあって、在学中に開催されたラテンアメリカ映画祭でエイゼンシュテインの「メキシコ万歳!」やブラジル映画「ピショット」を見て衝撃を受けたのがきっかけだった。ラテンアメリカを観ることで現代社会の実態、虚像が裏写しされるように感じ、それは象牙の塔的な学術的アプローチではなく、まさにドキュメンタリー映画の手法で現実社会に迫ることができるように当時の未熟な自分自身の浅はかな将来の展望だった。 学生時代に購入して今も手放さないでいる書籍の中に「ゆきゆきて神軍」(原一男・疾走プロダクション  話の特集 1987)がある。ドキュメンタリー映画の金字塔と言われる「ゆきゆきて神軍」を学生時代に観た衝撃は今も忘れない。当時から原一男という存在は自分の中で大きな存在であった。

最終回にかわなかのぶひろ監督が胃がん、咽頭がんの手術を経て、十分に声がでないような状態でふりしぼるような声で語っていたことが印象的でした。

「画家が毎日デッサンするように、音楽家が毎日演奏するように、小説家が毎日文章を書くように、映画監督である私はこれからも毎日映像を撮影し続けていきます。」

表現者として生きるなら、「芸術家」(アーティスト)としての奢りよりも、この「職人」(アルチザン)的な日々の鍛錬というものがいかに大事かということを再確認した想いでした。 ドキュメンタリー映画というものは商業的に大成功することはどう考えても少ないでしょうから生涯を通じてやり抜いていくには生半可ではない強靭な覚悟がないと続けていくことはできない。自分のように志半ばですっかり別の道に進んでしまったものは、あくまでも「観る」側でしかありませんが、日の当たる場所では決して知ることができない、観ることができない「現実」を映画という表現手段の中に結晶化させるドキュメンター映画の数々は、今後も人々に重要なビジョンを与えてくれると期待している。私自身も受けた感動、衝撃、怒りを自分のフィールドの表現に爆発させていく決意を新たにいたしました。

2015.3.29.

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性の人類学(3)エロティック・コード

あらゆる文化には、性衝動を高めるエロティック・コードなるものが存在する。つまり文化が異なれば何をもってエロティックと感じるか、身体の中でどこを露出すると性的に高揚するかはそれぞれ異なるのである。さらにいえば同じ文化体系の構成員であっても個人差による多様性が生じる。

たとえば日本においても欧米においても兄弟と姉妹が共に食事をとることはいたって「ノーマル」に思えるばかりか家族みんなで食事をとることは家族の平和や絆を象徴しているとされ思える。しかしある社会では共食という行為が夫婦関係の特徴として受けとめられ、夫婦以外の異性との共食は許されず、兄弟と姉妹が共に食事することは近親相姦を連想するものだとして忌避されている。さらに夫婦の共食であっても客人の前では控えるという社会もある。

また身体的な部位によるエロティック・コードによる違いでいえば日本においても欧米社会でも女性の乳房は性的な意味合いを多分に含んでいるが、ニューギニアをはじめとして女性が乳房を露出している社会も多くある。つまり乳房は愛情表現や前戯のための部位ではなく、赤ん坊や育児を連想する身体部位であるとされる。またサモアでは臍に性的高揚を感じるためにビキニ姿の女性などはありえないということになる。一方、イスラム社会のように女性は顔まで覆い隠すような社会もあるし、日本や欧米ではスラックスをはいた女性はスカート姿よりも活動的であり、男性的なイメージで受けとめられることが多いと思われるが、女性の尻、脚線といった身体の形態がスカートよりも強調されるのでスラックスの方がエロティックな服装として小中学校の女性教師はその使用が禁じられている国もある。

日本や欧米では性的魅力を高めようと様々なダイエットが半ば脅迫的に喧伝されたり、スリムな身体であることが魅力的であるとということが前提の価値観になっているようにも感じられる。しかし豊満な身体の方が魅力的であるとする社会では青年期の女性たちが小屋の中に入り、カロリーの高い食事を無理にでも摂取して「魅力的」な身体になろうとしたり、イスラム社会の中では直接オリーブオイルを飲むようなところもある。

こうしたエロティック・コードの違いは文化や社会による違い、つまり共時的な違いばかりではなく、通時的、つまり時代によっても大きく変遷をとげる。たとえば日本の浮世絵や春画を見ても現在のエロティック・コードの尺度から見ると違和感を感じるし、西洋においても数世紀前の絵画に描かれた女性たちは現在の理想的と言われる身体よりも豊満な姿が多いように感じる。

こうしたエロティック・コードがどのように社会で扱われ、モラル、規範といったものが法制度や宗教に組み入れられていったのかというのも興味深い。次回はキリスト教を題材に考察します。

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「現代」(1995年3月号 講談社)
特集  性の人類学 読み出したら止まらない知的興奮!

2015.3.22.

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「ゲリラ闘争記」テーマソング公開

「ゲリラ闘争記」(作詞・作曲  チェ・池田)

世界のどこかで 俺たちは歴史と向かい合っている
自分を奮い立たせる言葉を探し出して
絶え間なく闘い続けるんだ

恐れることなく闘い続けよう
今生きることが歴史になる

支配という鎖から解き放たれて 俺たちは生きて行く
理不尽がまかり通る 世の中だとしたら 迷うことなく闘い続けるんだ

恐れることなく闘い続けよう
今生きることが歴史になる

2015.3.5.